宮田正直
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=fBdKKDtpXmI

宮田正直さんが2018年12月16日放送の『消えた天才』で取り上げられます。

宮田正直さんは1989年春の選抜高校野球の決勝で上宮高校が劇的な敗戦を喫した際のピッチャーでした。

その後は福岡ダイエーホークス(現:ソフトバンクホークス)にドラフト外で指名され、引退後は打撃投手になります。

その際にアクシデントに見舞われて一部記憶喪失になってしまいました。

一体どんなアクシデントだったのでしょうか?

また現在は凄腕のスコアラーとして活躍されていますが、その内容を知れば知るほど職人技ということがわかります。

それぞれ確認してみましょう!

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宮田正直の現在は凄腕スコアラー?

宮田正直さんは現在ソフトバンクホークスで凄腕の先乗りスコアラーとして活躍されていたことがわかっています。

スコアラーとはその名の通り、投手がどのような球種でどのコースに投げたかを癖をチェックをしたり野手の動きをチェックすることにあります。

先乗りスコアラーとは?

スコアラーはまずチーム付きスコアラーと先乗り部隊に分けられます。

先乗り部隊とは、更に細かく分かれて、

次のカードで対戦するチームの情報収集に当たる「先乗りスコアラー」と、

次の次のカードに対応する「先々乗りスコアラー」がいます。
 
先乗りスコアラーが見る試合で投げる先発投手は、次のカードではまず登板しません。

そのため、野手や中継ぎ、そして抑え投手のチェックが主な仕事となります。

そして先々乗りスコアラーが、先発投手の分析に当たることが多いです。

ネット裏に陣取り、調査するチームの各選手の動きを追って、ノートに逐一記録。ビデオ撮影をすることもある。チェックする点は30項目にも及び、そのデータが本拠地球場のスコアラー室に備えられたコンピュータに集められ、解析を加えて調査レポートが作成される。これが監督やコーチ首脳陣のミーティングに提供されて、具体的攻略法の指示やアドバイスになる。
 
「投手の場合は牽制や投げ方など、クセを見破るのが大事。これでチーム打率が5分上がるといわれます。野手では打球方向や変化球の対応を見る。2~3周すれば欠陥のある選手は大体わかります」

引用元:https://www.news-postseven.com/archives/20130413_181587.html

今やITは必須ですから、より高精度な分析ができますし、2-3周で欠陥がある選手が大体わかるというのが職人技といっていいですよね。

チームの打率が5分上がるといいますからスコアラーはとても重要な役割を担っているといって良いでしょう。

そして次にチーム付きスコアラーです。

先乗り部隊は主に相手チームの分析を担当しますが、チーム付きは自チームの分析も担っています。

相手チームはもちろん、自チームの選手も観察してデータを採集するんですね。

若手のスコアラーは練習時に主力打者の打撃投手を兼務することもあります。

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宮田正直さんのスコアラーとしての仕事がすごい!

宮田さんの仕事は主にバッテリーのために、相手打者の癖や傾向を観察したり分析をしてそのデータを選手に伝えることです。

宮田さんのメモの一部を引用します。

・ある打者の場合、バント、バスター、エンドランでグリップの位置がどう違うか。

・走者一・三塁では三塁コーチャーの動き、疑似スクイズにも注意、といった細かな覚え書き

このように細かいことがメモに記されていました。

素人目には全く理解できませんが、事細かな仕事がチームを支えているんですね。

また、2016年まではチーム付きスコアラーとして活躍していることが確認できましたが、現在ソフトバンクのスタッフの中に宮田さんの名前はありません。

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記憶喪失の要因となったアクシデントとは?

それでは次にどのようなアクシデントで宮田正直さんは一部記憶障害になってしまったのでしょうか?

まず宮田さん本人はアクシデント当時の記憶がありません。

また、上宮高校で元木選手や種田選手と決勝を戦った記憶も欠落しているんですね。

そのアクシデントは’99年3月21日午前に発生しました。

福岡ドーム(現福岡ヤフオク!ドーム)で阪神とのオープン戦の試合前、打撃練習中。

打撃投手をしていた宮田さんの後頭部を、ライナー性の打球が直撃してしまったんです。

この結果として右半身が麻痺し、視覚や言語にもしばらく障害が残ってしまいました。

さらに不幸なことにチームの同僚や選手やコーチが見舞いに訪ねてきてくれても、顔はわかっても名前が思い出せない状態が続きました。

その欠落した記憶の中に、1989年の春の選抜高校野球決勝の記憶も含まれていました。

この試合は後1つアウトを取れば上宮高校が優勝を飾っていました。

そして同点ヒットを打たれた後2-3塁間に走者を挟みアウトを取ろうとスローイングしたボールが無情にも外野の奥深くまで転がってしまい、走者が生還しそれが決勝点となり上宮高校は劇的な敗戦を喫してしまいました。

甲子園を語るうえで星稜箕島戦と匹敵するくらいインパクトのある試合でした。

この試合の記憶が欠落してしまったんですね。

更にチームメイトで先輩である元木選手の記憶も欠落してしまっているようです。

それほど大きなアクシデントだったんです。

そして現在も元木さんの記憶はないのでしょうか?

このあたりは『消えた天才』の番組の中で明らかになってくると思います。

というのも元木さんが宮田さん本人を直撃しますから、ひょっとしたら涙なしには見れないかもしれませんね。

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