消えた天才,横塚博亮
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=vG88FhulBNM

横塚博亮さんは中学時代に圧倒的な強さをみせ、

現在ロサンゼルス・エンゼルスで活躍している大谷翔平選手が

擁するチームから完封勝利を収めるほどでした。

また中学時代は藤浪晋太郎選手とともに日本代表としても活躍しました。

中学時代しのぎを削った大谷選手や藤浪選手は高校時代も引き続き活躍し、

そして今や両選手とも日本を代表するプロ野球選手となっています。

中学時代に、それ以上の実績を残していたにもかかわらず、

高校以降野球で活躍できなかった理由はどこにあるのでしょうか?

それでも横塚博亮さんは現在、子供に人気の職業に就いているいるということです。

どのような職業なのか気になりますよね!

確認してみましょう!

横塚博亮の現在の職業は子供に人気!

横塚博亮,消えた天才
引用元:https://www.youtube.com/watch?time_continue=23&v=ctQOfG_Edn4

横塚博亮さんは現在子供に人気だというある職業についています。

子供に人気の職業ということは、

もしかしてユーチューバー?

それともゲームクリエイターか?

と思いましたが、

特別支援学校で教職員として働いています。

傷害を抱えた子供たちを支える仕事をしているんですね。

ヒントはこの中にあるでしょうか?

30秒当たりから横塚博亮さんがでてきます。

横塚博亮さんといえば、『消えた天才』で紹介されたように、

中学時代に野球の全国大会で優勝を果たし、

そして大谷選手を要するチームから完封勝利を収めるほどの実力者でした。

ところが、高校時代以降は逆に目立った成績を残せませんでした。

野球で大成できなかった理由はどこにあるのでしょうか?

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横塚博亮は中学時代野球で敵なしの無双状態!

消えた天才,横塚博亮
引用元:https://www.youtube.com/watch?time_continue=23&v=ctQOfG_Edn4

中学時代の評価が高い理由の一つに大谷翔平選手と対戦して完封勝利を収めたことが大きいでしょう。

大谷翔平選手のが擁する一関リトルシニアと横塚博亮選手が擁する世田谷西シニアは

2009年のリトルシニア全国選抜野球大会の1回戦で激突します。

結果は7-0の圧勝です。

大谷翔平,消えた天才
引用元:https://number.bunshun.jp/articles/-/830840

大谷選手には凡打しか打たれませんでした。

中学の日本代表チームでともにプレーした現在阪神タイガースで活躍している藤浪晋太郎選手は、

このように言っています。

「洗練された投球」「スタイルも投球の精度も(中学で)仕上がっていた」と、その実力を認め、「勝っていたのは身長くらいだった」と、冗談交じりに苦笑。

引用元:https://gunosy.com/articles/aZ6GM

田端良基,消えた天才
引用元:https://vk.sportsbull.jp/koshien/94/zenkoku/photo_3/2012082201_05.html

中学生にもしドラフトがあれば間違いなく注目選手の一人になっていたでしょう。

何故かというと、大谷選手擁するチームから完封勝利を収めただけでなく、

以下のような実績を残しているからです。

全国大会(中学) 中学1年
2007年リトルシニア全国選抜野球大会(ベスト8)
2007年リトルシニア日本選手権大会(1回戦)
中学2年
2008年リトルシニア日本選手権大会(優勝)
中学3年
2009年リトルシニア全国選抜野球大会(優勝)※大会最優秀投手に選出
2009年リトルシニア日本選手権大会(2回戦)
2009年ジャイアンツカップ(優勝)

引用元:https://www.kyureki.com/player/42739/

毎年全国大会に出場していて、さらに中学2,3年時には優勝を果たしています。

中学時代の野球の実績は声以上望みようがないほど、完璧な結果を残しました。

この実績を携えて高校は桐蔭学園に進みます。

横塚博亮が高校以降活躍できなかった理由は?

大阪桐蔭と誤解されやすいですが、神奈川にある高校ですね。

ところが高校に進学してからは目立った活躍はできませんでした。

この動画は現楽天の松井裕樹選手擁する桐光学園と対戦した時のものです。

先発ではなく3番手のピッチャーとして6回から登場します。

バッターは松井裕樹選手。

”ついにエースの横塚が出てきました”と紹介され期待が高まりましたが、

この対戦では松井選手にデッドボールを与えてしまいました。

怪我で伸び悩んだのかもしれませんが、

こういうところで運もついていなかったと思ってしまいます。

結果的にこの試合では、4-11で桐光学園が甲子園の切符を手にしました。

この試合をもって、横塚選手の高校野球が終わりました。

この後国士舘大学に進学するわけですが、それに当たりスポーツライターが書いた記事があります。

球筋、フォームなどを見ると伸び悩みせず伸びていたら、ドラフト候補として注目される投手になっていたと思う。

引用元:https://www.hb-nippon.com/player/4457

一部を抜粋しただけですが、結構辛口な内容となっています。

裏を返せばそれだけ期待をされていた逸材だったということです。

高校時代に伸びや悩んでしまった原因の一つに怪我ありました。

その怪我とは肩の酷使により、

骨にトゲが形成されて激痛がともなってしまうベネット障害でした。

野球ドットコムの記事を読む限り、精神的な面も大きく影響していて、

とても悩んでいたことがわかりますね。

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横塚博亮の国士館大学時代

国士舘大学にはスポーツ推薦で入学します。

高校時代に甲子園の土を踏むことはできませんでしたが、

情熱が失われたわけではなったようです。

カーブやナックルなどの多彩な変化球が期待された結果でしょう。

ただし、国士舘大学以降の野球の情報はぱったりと止んでしまいました。

テクニックがいくらすごかったとしても、

スピードが140kmありませんでしたから、

これは中学時代にはほぼ記録していたスピードです。

怪我による影響か、それとも精神的なものか。

大谷選手や藤浪選手を圧倒した中学時代が結局キャリアとしてのピークでしたね。

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