戦艦比叡,沈没地点,場所
引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E5%8F%A1_(%E6%88%A6%E8%89%A6)

1942年に沈没した旧日本海軍の戦艦『比叡』が発見された事がわかりました。

ソロモン諸島付近で沈没されていたとされますが、これまで沈没地点は謎に包まれていました。

実際に戦艦比叡が確認できた沈没地点はどの場所なのでしょうか?

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戦艦比叡とは?

艦名の《比叡》はその名の通り、京都にある比叡山に由来します。

戦艦比叡は大日本帝国海軍が所有していた巡洋艦です。

起工:1911年11月4日

進水:1912年11月21日

竣工:1914年8月4日

最期:1942年11月12日

除籍:1942年12月20日

巡洋戦艦とは?

巡洋艦とは長距離航行が可能で、速度を活かした攻撃ができる軍艦の種類です。

中でも巡洋戦艦とは巡洋艦よりもさらに強力な攻撃を持つ巡洋艦の事を指します。

練習艦として

第一次世界大戦後にロンドン海軍軍縮条約(1930年)が行われ、比叡は攻撃に使われる装備は全て撤去されて練習艦として運用されることになりました。

軍縮条約失効後

ロンドン海軍軍縮条約が1936年に失効した後は戦艦として大改装が行われます。

また昭和天皇の御召艦として周知され、親しまれることになりました。

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戦艦比叡の沈没地点の場所【地図】

戦艦比叡は2019年1月31日にFacebookのポールアレンさんが創設した調査チームによって発見されました。

調査チームによると戦艦比叡はサボ島の北西985mメートルの地点に沈没していることが確認されました。

以下の地図の赤のポイントがサボ島です。

戦艦比叡,沈没地点,サボ島
引用元:グーグルマップ

沈没地点の南側にある大きな島が日米で激戦となったガダルカナル島(ソロモン諸島と記載されている島)です。

日本から見た地点はこちら

戦艦比叡,沈没地点,サボ島,地図
引用元:グーグルマップ

オーストラリアの北東に位置するソロモン諸島にサボ島があります。

発見時、船体の3分の1にあたる約70mの前方先端部分が切断されていたことが判明しました。

専門家によると大きな爆発があったと推測されているようです。

【調査チームのFacebookページ】

https://www.facebook.com/rvpetrel/

今回アメリカの調査チームによって発見されたわけですが、日本が全くその調査をしていなかったわけではありません。

クラウドファンディングのReadyforで支援をつのり300万円以上の寄付金が集まっていました。

【Readyfor:日本初の国産超弩級戦艦「比叡」の沈没場所を特定し、慰霊したい】

https://readyfor.jp/projects/12500

もちろん現在は寄付金の募集は終了していますが、希望金額の200万円をはるかにうわまわる金額が集まってことからも注目度の高さが窺えます。

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戦艦比叡が沈没した理由

ガダルカナル島の戦いで旧日本軍は30000万人以上が投入されましたが、脱出できたのは約10000名。

そしてアメリカ軍との戦闘によって亡くなった将兵はわずか5000人でそれ以外の将兵は飢餓やマラリアなどの病気に侵されて亡くなりました。

このガダルカナル島の戦いで第三次ソロモン海戦の最中、戦艦比叡が沈没したのは1942年(昭和17年)の11月12日のことです。

188人の乗員を失って、夕方には沈没しました。

沈没理由は特定されていませんが、可能性のある原因は二つあります。

  • アメリカ軍による攻撃で撃沈されての沈没
  • 自ら艦内に水を注入して自沈しての沈没

大東亜戦争において沈没した日本の艦船はなんと4000隻にも上るそうです。

そしてそのうちの90%は位置すら確認できず海の底に沈んだままの状態です。

戦艦比叡が沈没から80年近く経って発見されたことを機に、その他の沈没艦船も見つかることを祈りたいですね。

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