金澤翔子

6月1日放送の『金曜日のスマイルたちへ』にダウン症の天才書家である金澤翔子さんがゲスト出演されます。

 

金澤さん一躍脚光を浴びることになったのは、2012年の大河ドラマの”平清盛”の題字を担当されたことですね。

 

ダウン症というハンデを負いながらも、国連でのスピーチで一人暮らしを宣言し、それを実行した金澤さん。

 

一人暮らしをされていてすでに3年目に突入しているようです。

 

番組ではそのことにも触れられるようですので、注目ですね!

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金澤翔子のプロフィール

生年月日:1985年6月12日

年齢:32歳

身長:150cm

出身:東京都目黒区

 

職業:書家

号は小蘭(2004年取得)※号の場合、苗字は金沢

 

趣味:カラオケ・プール

 

<学歴>

・太田区立東調布第三小学校(1年から3年まで)

セカオワのボーカルである深瀬さんと中島(なかじん)さんは小学生のころの同級生です。

特になかじんさんとは、母親の主催する書道教室に中学まで通っていました。

そして、2016年に放送された”音楽の日”では花鳥風月を熱唱するとなりで、書を書くというコラボレーションが実現しています。

 

・身体障碍者学級へ転向(4年~)

小学校の担任に勧められたことにより、特別支援学校へ転校。

 

・東京都立矢口特別支援学校卒業

 

<経歴>

1990年:書道を始める

2005年:最初の個展「翔子 書の世界」を銀座書廊で主催。

2009年11月:建仁寺に「風神雷神」を奉納。

この作品は同寺蔵の国宝「風神雷神図」の隣に展示され大きな反響を呼ぶ。

2012年1月:自身初の常設館金澤翔、子美術館(福島県いわき市)を開設。

2012年:NHK大河ドラマである”平清盛”の題字を担当。

 

作品について

翔子さんの作品はネット通販で20-30万円くらいが相場のようです。

香希画廊

↑こちらで作品を購入することが可能です。

 

母親:金澤泰子

1943年生まれ。千葉の実家は武士の血を引く旧家。

明治大学を卒業。

母は慶応大学医学部出身。父は国鉄の職員。

学生時代は文化人が集うサロンに入り浸り、そして自身もサロンを開き成功させます。

”知的でないものは美しくもない”という傲慢な考え方を持っていました。

まさか、ダウン症の赤ちゃんを授かるとは夢にも思っていなかったでしょう。

 

母親の泰子さんは書家であり、翔子さんが書家になるきっかけとなった人物です。

流産を繰り返し、漸く42才で授かった子供が翔子さんでした。

ところが医師から我が子がダウン症であると告げられます。

また敗血症を患い、すぐに輸血をしないと助からない危篤状態でした。

「敗血症」は、体内にウィルスが侵入してしまい、それが蔓延している末期の状態です。

このような危篤で危険な状態を救ってくれたのは、クリスチャンでもある父親の裕さんでした。

 

寝たきりで動くことすらままならない生活になると宣告された翔子さん。

打ちひしがれた泰子さんは翔子さんと一緒に自殺しようと何度も考えました。

そして、落ち込む泰子さんを救ってくれたのが出産時、輸血を決断した裕さんでした。

 

父親:金澤裕

能に対して造詣があり、自身も能の舞台に立っていたようです。

この能を通して、泰子さんに出会います。

職業が会社経営である父親の裕さん。

翔子さんの出産時、絶望の淵にいた泰子さんを救い、ダウン症の翔子さんの心の支えとなっていた裕さん。

翔子さんは裕さんと20歳の時に個展を開こうと約束をしました。

しかし、約束を果たせないまま残念ながら1999年、翔子さんが14歳の時に心筋梗塞で52歳で亡くなります。

家族でリビングでくつろいでいたところいきなり倒れてしまいました。

心肺停止で、脳に酸素が回らなかったため手術を受けますが、その8日後に還らぬ人となってしまいました。

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一人暮らしは3年目に突入!

アメリカ、ニューヨークの国連本部で30歳になったら一人暮らしをすると全世界に向けて高々と宣言した翔子さんは、それを実行し、既に今年で3年目を迎えています。

 

一人暮らしの場所は大田区の久が原で、コンクリート打ちっぱなしのおしゃれなマンションのようです。

 

自立は今後の事を考えた母泰子さんの決心でした。

 

もちろん、トラブルもたくさんおきました。

 

電気に対してお金がかかるのが理解できず、料金未払いで電気を止められたり、郵便受けの暗証番号を忘れてしまったり。

 

翔子さんの部屋には、母泰子さんとの三つの約束と書かれた紙が貼られています。

 

・おかたづけ
・寝る時間
・やせる

 

”やせる”というのがなんとも女の子らしいですね!

 

料理も積極的にこなし、毎日裕さんの遺影の前にお供えを欠かしません。

 

やはり、生活を支えてくれる泰子さんだけではなく、亡くなられたお父さんの影響はおおきいようですね。

 

生まれたときに敗血症とダウン症を併発し、その翔子さんを救ってくれたのは父親の裕さんです。

 

その後も、般若心経をほめてくれたり、節目節目で力になっていることがわかります。

 

20歳で一緒に個展を開くことは叶いませんでしたが、必ずお父さんも翔子さんの一人暮らしを心配しつつも温かく見守ってくれていることでしょうね!

 

今回の金スマでは3年目に突入した一人暮らしについても密着するでしょうから、どのような生活をしているのか注目ですね!

 

<追記>

今回の放送では、一人暮らしがどう変化しているのか、密着していました。

できるようになったのは、パソコンやダブレットを使いこなすことができるようになったこと。

母の日のプレゼントでレーズンの入ったパンを作ることを決めた翔子さん。

予算は3000円。

ホットケーキ。チョコペン。サラダ油。自分で買うことができました。

セルフレジもうまく使いこなせました。

翔子さんは計算はできませんが、経験からこれくらいで収まるだろうと感覚が備わっているとのこと。

花やさんで花を買い、蒸しパン作りに入ります。

生地の中にレーズンを入れることを忘れません。

最後にチョコペンで泰子さんにメッセージを書きました。

お母さんにまず花を渡し、そしてレーズンの入った蒸しパンをプレゼントします。

味もお母さんは大満足です。

最後に用意したのは手紙です。

 

”いつもありがとう

一人で”共に生きる”書きます。

育ててくれてありがとう。

長生きしてくださいね。”

 

瑞巌寺での書道。

泰子さんは付き添いません。

まずは震災で亡くなった方へのお焼香。

自分ひとりでするのは初めてです。

そして書く時がやってきました・・・

果たして一人で書ききることができるでしょうか。

 

一筆目をクリア。

ところが紙がよれてしまいました。

母親の泰子さんは助けに入ろうとしましたが、翔子さんが自ら直します。

書家として一人で自立した第一歩の作品。

”共に生きる”

見事な作品に仕上がりました!

 

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