丹波幹雄,ヤクルト
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=AI6yMNNC69Y

横浜高校のエースで急死した丹波慎也投手には兄がいます。

その兄の名は丹波幹雄さんといいます。

幹雄さんは右ひじを痛めて野球から離れていました。

ところが慎也選手のある言葉で野球を再開し、

なんとそれだけでなくヤクルトスワローズに

ドラフト指名を受けるほどの実力まで上り詰めました。

ヤクルト時代はどのような成績を収めたか見てみます。

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丹波慎也が兄幹雄にかけた言葉が泣ける!

丹波慎也さんの兄である幹雄さんは横浜高校で1年時から投手としてベンチ入りしていました。

身長はなんと193㎝もあるんです。

ところが高校2年の春に右ひじの故障により野球部を退部します。

1996年に社会人野球のクラブチーム、WIEN BASEBALL CLUBに入団し野球を再開します。

何故、幹雄さんは野球を再開しようと覚悟を決めたのか?

野球を再開するきっかけをくれたのは

弟であり横浜高校のエースとなっていた慎也さんで、

その言葉にありました。

丹波慎也の言葉,丹波幹雄
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=AI6yMNNC69Y

”まだまたちゃんとやればいいのに”

一見何の変哲もない言葉です。

いや、何も考えてなければ聞き流してもおかしくない。

ところがキャッチボールでの何気ないこの言葉が幹雄さんを変えました。

そして幹雄さんの運命を変えたこのキャッチボールの2週間後に慎也さんは亡くなります。

弟が亡くなり、幹雄さんがその意志を引き継いだといっていいでしょう。

野球に対するる未練がめちゃくちゃあったんでしょう。

まだまだ俺はできる!

そんな背中をさりげなく、けど力強く押してくれたのが慎也さんの言葉であり、

そして野球をまたやりたい!という幹雄さんの強い意志がこのさりげない言葉を、

聴き洩らさなかったのでしょう。

なんと幹雄さんはただ野球を再開しただけでなく、

その後プロ入りを果たすことになります。

高校2年で亡くなった弟である慎也さん。

そして高校2年で一度野球を諦めた幹雄さん。

ブランクが1年以上あるにもかかわらずプロ入りを果たせたのは、

確実に亡くなった弟である慎也さんの意志が働いていたといえるでしょう。

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丹波慎也の兄・幹雄のヤクルトでの成績!

丹波幹雄さんは1998年にドラフト8位指名を受けヤクルトスワローズに入団しました。

現在はクラブチームからプロ入りするケースは少なくありませんが、

当時はとても珍しいことで6年ぶりとなるクラブチームに所属する選手としての指名でした。

丹波幹雄,ドラフト,ヤクルトスワローズ
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=AI6yMNNC69Y

背番号は62

1999年から2001年まで在籍しました。

1軍に上がったら兄である慎也さんのグローブで試合に出るという志がありましたが、

残念ながら1軍に昇格することはできませんでした。

それでも一度は諦めた野球でプロ選手にまで成り上がったんですから、

とてつもない努力をされたのは想像に難くありません。

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丹波慎也の影響力

丹波慎也さんが発した何気ない言葉によって離れていた野球に戻ってきた幹雄さん。

そして、幹雄さんだけでなく、横浜高校も丹波慎也さんの存在は大きいものでした。

丹波慎也さんの死後、悲痛に暮れていた横浜高校野球部は、

慎也さんの意志を引き継いだ横浜高校野球部はいくつもの奇跡を生みました。

急遽エースに任命された松井光介選手はその後幹雄さん同様に

ヤクルトスワローズにドラフト指名を受けるまでになりました。

丹波慎也さんの死後、横浜高校が起こした奇跡

そして、俳優やタレントとして活躍している上地雄輔さんは、

元々横浜のキャッチャーで慎也さんの1年後輩にあたります。

上地雄輔
引用元:https://anohito-genzai.com/kamiji-yusuke-imagenzai

上地雄輔さんは慎也さんに憧れて横浜高校に進学することを決断したんです。

【アメブロ】上地雄輔の大事な思い出。

この上地さんのブログは必見です。

どれだけ丹波慎也さんがすごかったのかが伝わってきます。

野球としての実力だけでなく、人間としても憧れる性格だったことが窺えます。

また横浜高校といえば2018年に中日ドラゴンズで見事な復活を遂げた、

松坂大輔投手が有名です。

もし、丹波慎也選手が生きていればその陰に隠れて、

松坂大輔という大投手はひょっとしたら生まれなかったかもしれません。

丹波慎也選手の命日は8月17日です。

ちょうど夏の甲子園の真っ最中です。

天国でも野球を楽しんでいることでしょうね。

まとめ

丹波慎也さんの兄にフォーカスを当ててみました。

慎也さんの兄は丹波幹雄さん。

1998年のドラフト8位でヤクルトに指名されました。

野球は高校2年で辞めていた幹雄さんを再開にさせたのは

慎也さんの

”まだまだちゃんとやればいいのに”

という言葉でした。

この言葉を残して慎也さんは亡くなりますが、

幹雄さんはその意志を引き継ぎ野球を再開し、

なんとプロ入りを果たすまでの実力をつけます。

慎也さんが亡くなったということは関係者にとっては、

時には立ち直れないほどのショックだったでしょうが、

その意志を引き継ぎプロ入りも果たした幹雄さんもまた、

とてつもない人だなと思います。

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